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運命は決まってる!?人生のシナリオが全て決まっている理由

投稿日:2019年3月17日 更新日:

こんにちは、妹の兄です。

私は怒ったふりはしますが、本気で怒ったり、キレることがありません。後悔もしません。
なぜなら私は、運命や人生ははじめから全て決まっていると思っているからです。

もちろん嬉しいや楽しいという感情はありますが、はじめから決まっているものに対して、イライラしたり、本気で怒ったり、後悔しても無意味だと考えています。

では何故、私が「運命や人生ははじめから全て決まっていると思っている」のか、その理由についてお話したいと思いますが、はじめに言っておきたいのは、私は宗教家でも何でもない無宗教の一般庶民です。そして、スピリチュアル系の話を妄信しているわけでもなく、特定の人物を崇拝しているわけでもありません。

創価学会の勧誘(折伏)を10回以上断った理由は、自分の人生には創価学会は必要ないと判断したから。

宗教でもなくスピリチュアルでもない。
んー、「論理的に考えて…」とも言い切れないのですが、私個人の考え方として、「そういう考え方もあるのかなぁ」ぐらいの軽い気持ちで読んでいただけると嬉しいです。

人間は常にベストな選択肢を選んで生きている

まず、はじめに知って頂きたいことは、
人間は誰ひとりとして例外なく常にベストな選択肢を選んで生きている。
ということです。

私やあなた、大統領や総理大臣、上司や部下、彼氏や彼女、妻や旦那、大人や子ども、加害者や被害者、原告や被告、強者や弱者、賢者や愚者、正義や悪、右や左など。

善悪や賛否は別として、人間のすべての行動には、必ず「○○だから~」という理由が存在し、どのような行動パターンであっても、常に“今の自分にとって”最善な道を選択しているのです。

例えば、自販機で飲み物を買うときです。
目を瞑って、運任せでテキトーに飲み物を選ぶ人はいないでしょう。

その飲み物が好きだから、それを選ぶ。
気温が暑いから、冷たい飲み物を選ぶ。
気温が寒いから、暖かい飲み物を選ぶ。
新商品だから、試しに選ぶ。
ダイエット中だから、ミネラルウォーターを選ぶ。
第一希望が売り切れだから、第二希望を選ぶ。
第二希望も売り切れだから、他の自販機を選ぶ。
そもそも自販機は高いから、スーパーで飲み物を選ぶ。

その選択の成否は別として、人間が行っている一瞬一瞬の行動にさえも必ず理由があり、どのような選択をしても、その時の自分にとってはベストな選択なのです。

新商品の飲み物を試しに購入して飲んだとき、「うわぁ、まずい!買わなきゃ良かった」と後悔しても、それは“今の自分”だから後悔できるのであって、その飲み物を選ぶときの過去の自分には「新商品だから買ってみよう」という選択がベストだったわけです。

また、「親の言うとおりに生きてきた」という人もいますが、それは「親の言うとおりに生きる」と自分で選んだベストな選択ですし、「占い師の占いどおりに行動した」という人は、「自分の考えよりも占い師のアドバイスのほうが正しいはずだ」という考えから自分で選んだベストな選択です。

もちろん、赤ちゃんが「母乳を飲んで育つか、粉ミルクを飲んで育つか」のように自分の意志では選択できない場合もありますが、選択の自由がある人は、意識的にも無意識的にも、常に今の自分にとって最善な道を選択しています。

そう考えると、「今の自分」とは、過去の自分が常にベストな選択をしてきた最高の結果と言えます。

人生は大なり小なり選択の連続です。

「お昼ごはん何食べようかな?」という人生において影響力が小さな選択から、進学や就職、恋愛や結婚という人生において影響力が大きいものまで全て自分で選択します。

もし、1つ1つの選択肢に点数があるとすれば、

選択肢Aは30点、Bは50点、Cは90点。では90点のCを選ぶ。
選択肢Aは30点、Bは50点、Cは70点。では70点のCを選ぶ。
選択肢Aは10点、Bは20点、Cは30点。では30点のCを選ぶ。

それが100%正しい選択でなくても、自分でも納得できない選択であっても、人間はその限られた選択肢の中から、常に自分にとって点数の高い選択肢を自分で選んで生きているのです。

「3年前にあーしてたら、こーしてれば」という「たられば」のような後悔は誰にでもあると思いますが、そのように後悔できるのは今日の自分であって、3年前の自分にはその選択がベストだったわけです。今の自分だから「3年前の選択は30点だった」と判断することができますが、3年前の自分にとってはそれが最善の選択だったのだから、そうするしかなかった。今以上の結果は存在しなかった。

それはつまり、「これまで常にベストな選択をするしかなかった」のだから、今日までの人生のシナリオは全て決まっていたと考えられます。

運命が決まっている理由

運命とは自分の意志を超えていることを言います。

例えば、私は福岡市内の小学校に通ったのですが、その小学校を選択したのは私ではありません。その小学校の校区内にたまたま住んでいたから、その小学校に通っただけで、私の意志で小学校を選ぶことはできなかった。つまり、私がその小学校に通ったのは私の運命だと言えるのです。

小学校で思い出しましたが、私は小学4年生の頃、下校中に赤い車に轢かれたことがあります。幸い、軽いケガで済んだのですが、その交通事故も運命なのです。なぜなら自分の意志を超えているからです。

私は交通事故に遭いたくない。
赤い車のドライバーさんは交通事故を起こしたくない。

私は事故に遭わないように最善の行動をし、ドライバーさんも事故を起こさないように最善の行動をした。しかし、二人の意志に反し、私は赤い車に轢かれ、ドライバーさんは小学生を轢くという人身事故が起きてしまった。それは二人がベストを尽くした結果、そうなったのなら、そうなる運命だったとしか考えられません。

「運命」というと大げさに捉えたり、特別なものと考えがちです。奇跡とか感動のエピソードがないと運命と呼べない人も多いですが、普段の生活の中にも結構よくある事で決して珍しいものではありません。

そして、先人も含め、すべての人間が常に“自分にとって”ベストな選択肢を選んで生きている、生きてきたわけですから、運命が決まっているのは当然だと思っています。

未来も決まっている?変えられる?

先ほど、「今日までの人生のシナリオは全て決まっていた」と言いました。
では、明日からの未来も決まっているのか?変えられるのか?と疑問に思うところでしょう。

厳密にいえば、明日からの未来も決まっています。

例えば、「このままではダメだから明日から頑張ろう」と思うことも「このままではダメ」という理由があり、「明日から頑張る」という最善の選択を今日の自分がしただけですし、「このままではダメだ」と思っても、「まいっか、頑張らなくてもなんとかなるだろう」というのも今日の自分にとって最善の選択だからです。

だから、そういう意味では未来は既に決まっていて、未来を変えることはできません。

ただし、選択肢を増やすことで、これまでよりも素晴らしい未来になる可能性が高くなります。

例えば、今までの選択肢が3つだったのなら、4つに増やすわけです。

選択肢A30点、B50点、C90点。ここに選択肢D100点が増える。
選択肢A30点、B50点、C70点。ここに選択肢D90点が増える。
選択肢A10点、B20点、C30点。ここに選択肢D40点が増える。

このようなイメージです。

必ずしも選択肢Cより選択肢Dのほうが高い点数ということはありませんが、選択肢が多いほど可能性が広がり、人生は選択の連続、その積み重ねですから、選択肢は多いほど得だと言えます。

選択肢を増やす為に大切なことは、「自分は正しくない」と思うことです。

知っているか知らないかの違いは大きく、「自分が正しい」とか「これが常識だ」なんて思っていると、新しい“何か”が全く入ってこないんですよね。だから、私は「自分は何も知らないバカだ」と思って生きるようにしています。

そして、

自分で調べて知ろうとすること
自分の頭で考えてみること
自分で行動してみること

この3つは非常に大切なことだと思っています。

まとめ

若者が自殺したというニュースを見るたびに悲しい気持ちになります。

全ての人は、自分の意志で生まれることはできず、父親や母親のベストな選択として生まれますから、自分が生きていることは運命です。しかし、「自殺」というのは自分で選択するものであり、運命でも何でもありません。

自殺というのは個人の問題ではありません。なぜなら、「生きる」というのは人間の本能だからです。

例えば、自殺を考える赤ちゃんや幼児がいるでしょうか。いませんよね。赤ちゃんや幼児は生きることを目的として様々なことを学び、精一杯生きて、成長していきます。

しかし、小学生、中学生、高校生と歳を重ねていくに連れ、最終的に「自殺」という選択肢を選ばざるを得なかった、その選択肢しか残っていなかった。そして、そこまでの精神状態に追い詰めたのは間違いなく社会です。

私には「自殺」という選択肢は無いので、自殺する人の気持ちや理由、その時の精神状態などは分かりません。ですから、少し無責任な言い方になってしまうかもしれませんが、「全力で逃げて生きる」という選択肢を見つけて選んでもらいたいと思います。

私は「運命や人生ははじめから全て決まっている」と思っています。

しかし、自分の人生や今の生活に不満があるという人は、あなたは100%何も悪くありません。あなたにベストな選択をさせたくないとか、あなたの選択肢は減らしておくと都合が良いという“何か大きな力”に振り回されているだけです。



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