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将棋を学校教育に!子ども達が将棋から学べるものとは?

投稿日:2019年5月30日 更新日:

こんにちは、妹の兄です。

日本将棋連盟は学校教育への将棋導入を推進しています。私も大賛成です。

学校教育への将棋導入推進事業-日本将棋連盟

将棋を通じて身につく思考力・集中力・判断力・決断力・洞察力・記憶力などは、学業や学習をはじめ、スポーツや人間関係、就職や仕事に対する向き合い方などに生かされるため、たとえ将来の夢が将棋のプロ棋士でなくても将来の様々な可能性を含めて、学校教育に将棋を取り入れてもらいたいです。

子ども達が将棋から学べるもの

将棋界のプロ棋士には人格者が多いように私は思います。

芸能界は不倫や薬物、スポーツ界は暴行事件や傷害事件、医師や教師はわいせつ行為、官僚や政治家は不祥事の数々ばかりですが、将棋界にはそういう事がほとんどありません。

思い当たるのは、中原誠十六世名人と林葉直子さんの不倫騒動(1998年)、「ひふみん」こと加藤一二三九段の猫餌付け裁判(2008年)、結果的に白でしたが、三浦弘行九段の将棋ソフト不正使用疑惑騒動(2016年)ぐらいで、将棋界には刑事事件になるような出来事は一切ありません。

なぜ、将棋界はクリーンなのか?

もちろん将棋を指す人すべてが人格者というわけではありませんし、将棋をしない人が人格に欠けているわけでもありませんが、将棋が人格形成に好影響を与えるのではないかと考えられます。

相手を思いやる気持ちが身につく

将棋はボードゲームである以上、一人で将棋を指すことはできません。相手がいることでお互いに相手の意思や読み筋を読み解き、その読み筋に合わせたり、読み筋を外したりします。

将棋には「棋は対話なり」という格言があり、相手のことを考えず、自分の主張だけを通すことはできません。

例えば、▲7六歩、▽8四歩、▲6八銀、▽3四歩という最初の4手だけでも意思疎通があります。

先手:「よろしくお願いします。」▲7六歩
後手:「よろしくお願いします。」▽8四歩
先手:「2手目に▽8四歩とは居飛車に自信があるのですね。」
後手:「矢倉か角換わりが希望ですが、対抗型でも構いませんよ。」
先手:「私も矢倉には自信があるので、相矢倉にしましょうか?」▲6八銀
後手:「いいですよ。では、この将棋は相矢倉にしましょう。」▽3四歩

一見、無言で指している将棋でも、このような対話が対局者同士の頭の中では行われていて、常に相手の立場になって物事を考えようとする癖が身に付きます。

「ん?なんだこれ?タダやん」といって、深く考えずに相手の誘いに乗ってしまうと痛い目に合うことが多いです。相手も成算があるからこそ指してきている一手なので当然です。痛い目に合いたくないから、その一手の意味を冷静に深く考えるようになるわけです。

そうすると、「ああそうか、なるほど。この人はそういう事を考えているのか。」と相手の考えが分かるようになります。まあ、読み負けることもありますが、相手の考えを読む力、それを読み解こうとする力、そういうものが自然と身につくのだと思います。

子ども達には自分の主張だけを通すのではなく、相手の立場になって物事を考え、相手を思いやれる優しい大人に育ってほしいので、コミュニケーション能力を育むという意味でも将棋は最適だと思います。

論理的な思考力が身につく

将棋は良い手を指したほうが勝つゲームと思われている方も多いのですが、じつは相手より悪い手を多く指したほうが負けるゲームなのです。

勝ったほうに勝因があるのではなく、負けたほうに敗因があるわけです。

評価値の違いはあっても、局面ごとに必ず存在している最善手の発見が勝敗を左右し、それは定跡を用いて作戦を立てられる序盤戦から、読みや手筋によって形勢が傾く中盤戦、受け攻めの判断や速度計算が難しくなる終盤戦まで、何が最善手なのかさえ分からない中で最善手を考えます。

負けたときは「私が最善手を発見できず、相手より悪い手を多く指してしまったんだ」と素直に負けを認めることができます。

もちろん負けたときは非常に悔しいです。しかし、その悔しさの矛先は相手にではなく、悪い手を指してしまった自分自身に対してです。

小学生の将棋大会で負けて悔し泣きする子どもはいますが、「君が強すぎるから僕が負けたじゃないか!」という理不尽な言いがかりや、負けたことに逆ギレして相手に暴力を振るうなど非論理的な行動を起こす子どもは1人もいません。

自分自身と向き合い、負けたことを素直に認め、負けた原因を探し出して反省する。そして、それを次に生かすというのは将棋だけでなく、人生においても非常に大切なことではないでしょうか。

生きていると自分の思い通りにいかないことは多々あります。それを他人のせいや環境のせいにするのではなく、自分自身と向き合い、論理的思考を持って成長していける強い人間に育ってほしいと思います。

100%実力勝負だから養われる能力

将棋には「運」や「ミス」がありません。盤上では100%実力勝負です。

例えば、「振り駒で先手番だ!ラッキー!」とか、「次の相手とは相性が良いんだよね!ラッキー!」というのはありますが、盤上での運要素は皆無です。

また、ネット将棋で起こるクリックミスやタップミス等を除けば、「ポカ」や「指運」と言われるものも、時間制限があるからこそであり、持ち時間は無制限として自分が納得できるまで考え抜き、決断して指した一手にミスはありません。もし、その決断の一手が悪手や敗着になるのであれば単純に実力不足というだけのことです。

そういう100%実力勝負だからこそ、将棋は楽しくもあり、恐ろしいものでもあるのですが、それが様々な力を伸ばすのだと思います。

例えば、初心者からアマチュア初段あたりまでは比較的簡単に上がります。将棋本(ルール・詰め将棋・手筋・次の一手問題・必至問題・好きな戦法の定跡)を5、6冊ぐらい読破して、将棋アプリ等で実戦を積み重ねれば早くて3ヶ月、遅くても1年ぐらいでアマ初段になれ、その自分がどんどん強くなっているという実感は楽しいものです。

しかし、アマ初段からアマ二段、三段、四段と段位が上がって相手が強くなるにつれて、当然ながら複雑な将棋になって難しくなります。

完全必至をかけて勝ったつもりでいる瞬間に詰まされて負けるのは論外。細かな手順前後でも間違うと確実に咎められますし、味付けや仕掛けのタイミング、選択肢を残しておく為の含みのある指し方、形勢が悪くならない手渡しの仕方など、何か一つでも間違うとその将棋が壊れてしまうほど複雑化します。

どちらの認識が正しいのか、どちらが読み勝っているのか、それが将棋の醍醐味ですが、100%実力勝負だからこそ一手一手に自分に対する責任が生じ、何を動かしていいのか、何を動かしてはいけないのか、どんなに考えてもそれが分からない時には恐怖心を覚えます。

そのような恐怖心を拭うために、相手の読みを上回るための思考力や集中力、負けた将棋を振り返り二度と同じ負け方をしないための記憶力、形勢や優先順位を正しく判断できる判断力、怖くても確信をもって飛び込める決断力や勇気が必要になりますが、そこは難しく考えなくても、単純に「将棋が楽しい」とか「将棋が強くなりたい」という気持ちがあれば、誰でも自然に養われる力だと思います。

そういう“力”は将棋だけでなく、人生を豊かにするために必要な能力だと思いますし、それを子どもの頃に体感できるというのが学校教育への将棋導入のメリットでしょう。

常識を理解した上で常識を疑えるようになる

常識には「一般的」「基本的」「平均的」「普通」「当たり前」などの意味合いがありますが、将棋を通じて常識を疑えるようになります。

誤解のないように言っておきますが、非常識な人間になるという事ではありません。

常識を理解した上で常識を疑い、一つの固定観念に縛られることなく、柔軟な考え方ができるようになるということです。

将棋には400年以上の歴史があります。それは「将棋で勝つこと」を目的として400年以上、日本中の将棋指しが研究してきた歴史とも言えます。

そのような歴史があるからこそ、「正しい将棋の指し方」として序盤の定跡や中終盤の手筋が生まれ、それが現代将棋のベースとなり、400年の歴史から「こう指すのが最善手」、「こう指してしまったら悪手」という常識が確立されています。いや、されていました。

近年、AI(人工知能)の進化するスピードは非常に速く、400年の将棋の歴史、400年の人智が否定されつつあります。

「兄達は頭が悪いから東大へ行った。自分は頭が良いから将棋指しになった」という言葉を残している故・米長邦雄永世棋聖は、2012年1月14日にコンピュータ将棋ソフトの「ボンクラーズ」に敗れました。

2013年に行われた第2回電王戦第2局では、佐藤慎一四段(当時)が現役のプロ棋士として初めて「ponanza(ポナンザ)」というコンピュータ将棋ソフトに敗れました。

そして、2017年4月1日に行われた第2期電王戦二番勝負第1局、当時名人だった佐藤天彦前名人が「ponanza(ポナンザ)」に敗れました。「名人」とは将棋界最高峰のタイトルです。

その時のponanza初手▲3八金という常識外の一手には全国の将棋ファンだけでなくプロ棋士も驚愕したはずです。

第2期電王戦二番勝負第1局の棋譜

初手▲3八金というのは、これまで常識とされていた「飛車先を突く」や「角道を開ける」ではなく、「飛車の横利きがなくなる」、「金が戻るには二手かかる」、「金の利きが少なくなる」、「戦法の選択肢が少なくなる」などのデメリットが多く、どの将棋本にも書かれていない常識外の一手です。

初手▲3八金はponanzaの初手ランダム戦略だったと思うので、初手▲3八金が新たな常識とはいえませんが、その悪手を時の名人が咎められないほどAIは強く、これまで悪手とされてきた常識さえAIによって覆され、新たな常識が生まれているわけです。

一昔前までは「居玉は避けよ」という将棋の格言どおりに玉を堅く囲ったり、「飛車先の歩交換三つの得あり」という格言どおりに一歩交換を目標にするのが当たり前でした。

しかし最近では、プロの将棋でも居玉のまま激しく戦ったり、相手に一歩交換されても腹が立たないみたいな感じになっていますし、雁木という古い戦法が改めて見直されたり、角換わり4八金型という新しい戦型が流行っているように新しい常識が次々と生まれています。

そのように考えると「常識」とは有って無いようなものです。

将棋という400年間ルールが変わらない不変なものであっても常識は覆されるわけですから、時代や国による常識の違い、世代や性別による常識の違い、育った環境や受けた教育による常識の違いはあって当然であり、「これが常識だ!」という思い込みや主張はナンセンスです。

常識を理解することは大切なことですが、「常識が正しいとは限らない」を知り、常識外のことにも目を向けることができる柔軟な思考はもっと大切だと思います。

まとめ

私は教育の一環として学校教育の将棋導入に期待しています。

子ども達は歴史の年号や英単語のスペルを暗記する必要があります。しかし、ネットやスマホが普及している今の世の中において、検索すれば1秒で分かるようなことを丸暗記しておく必要性に疑問を持っているのです。

本来、「学問」とは「学ぶために問いかける」べきものだと思いますが、今の学校教育は大学の門をくぐる為の「学門」です。それが良いとか悪いとかではなく、子ども達を何年間も拘束して教育を施すのであれば、「学門」以外の教育も必要だと思うのです。大学合格や就職がゴールではないからです。

日本の未来を担っていく子ども達だからこそ、将棋を通じ様々な‘力’を身につけて育っていってほしいというのが私の願いであり、学校教育の将棋導入に期待している理由です。

そういえば、トリプルアイズというIT系ベンチャー企業の「将棋採用」という画期的な採用試験が話題になりましたね。

トリプルアイズ社、アマチュア将棋の高段者を優遇する「将棋採用」スタート

トリプルアイズ社の有段者と将棋を指して、その将棋に勝つと積極採用されるという採用試験です。

もし負けたとしても、アマ高段者を相手に一手差で負けるぐらいの棋力や将棋の内容に伸びしろが見えれば採用されると思いますが、これまで「娯楽」として楽しまれてきた将棋に「資格」という新しい常識が生まれつつあるのかなと思います。



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