妹に言いたいこと…

ワタシノイモウト

創価学会の勧誘(折伏)を10回以上断った理由は、自分の人生には創価学会は必要ないと判断したから。

投稿日:2019年6月19日 更新日:

こんにちは、妹の兄です。

これまで私は、創価学会に10回以上勧誘されて全て断ってきました。また、創価学会の他にもナントカ教とナンチャラ宗という宗教の勧誘も2回ほど断っています。

私は神社に初詣に行ったり、お寺には法事で行くことがあるので、日本人の民族宗教として神道であり仏教なのだと思いますが、特定の宗教を信仰しているわけではありませんから、中立的な立場から創価学会の勧誘を断る理由や私の宗教観についてお話したいと思います。

創価学会の勧誘を断る理由は「納得できない」から

私は先入観だけで物事を判断したくありません。何かを決断するときは自分が納得したときです。

ですから、学会員さんに誘われて創価学会のイベントや座談会にも何度か参加したことがありますし、青年部の方々や支部長と呼ばれる方と意見を交わしたこともあります。

気になることを質問したり、私が自分の意見を述べると、「お前みたいな人間は入会しなくていい!!」と突然大声で怒鳴られて議論にならなかったことも一度だけありましたが、何度も議論した結果、納得できなかったので入会しなかったわけです。

創価学会にはタブーとして政治問題や芸能界の闇もありますが、そういう話は置いといて、ここでは純粋に私の宗教観では納得できない事をいくつかお話します。また便宜上、創価学会を「宗教」として話を進めます。

お釈迦さまと仏教

創価学会は、鎌倉時代の僧侶である日蓮の仏法を信じているので仏教系の新興宗教です。創価学会が仏教系の宗教である以上、お釈迦(しゃか)さまの話を簡単にさせていただきます。

諸説あるのですが、お釈迦さまは紀元前6~5世紀ごろのインドにて存命され、35歳の12月8日に悟りを開いた人物(人間)であり、仏教の開祖です。

ただ、仏教の開祖ではあるのですが、宗教家というより、どちらかというと哲学者だったらしく、お釈迦さまの知能を現代の心理学で測定すると、IQ(知能指数)は約300と考えられるそうです。

特殊相対性理論および一般相対性理論のアルベルト・アインシュタインがIQ190、テスラコイルなどの発明や世界システム(無線送電システム)を提唱したニコラ・テスラがIQ240といわれていますので、お釈迦さまは非常に知能が高い人物だったと想像できます。

お釈迦さまは、弟子の舎利弗(サーリプッタ)には「サーリプッタよ、」と説法し、阿難(アーナンダ)には「アーナンダよ、」と説法したそうで、1人ひとりその人の知能レベルに合わせて教えを説いたそうですが、その映像や音声は当然ありませんし、お釈迦さま直筆の仏教経典さえ存在しません。

ですから、お釈迦さまを語るならば、私たち現代人は想像で語るしかなく、仏教について断言することはできないのです。

ところが創価学会の学会員さん達は1つ1つの物事を断言して話されます。

例えば、「人は死んでも生まれ変わります」と言われたことがあります。輪廻転生については「あるかもしれないし、ないかもしれない」というのが私の考えですが、現代の天気予報でさえ「明日は午後から雨が降るでしょう」と断言を避け、責任が生じないようにしているのに、他人の人生観に関わる重大なことをそのように断言するのは無責任に思います。

私はエビデンスというもの自体をあまり信用していないので、「輪廻転生の根拠を示して下さい」などと無意味なことは言いませんが、多くの人が確信をもてないことや確証を得られないことに対しては、「~だと思われます」や「~と考えられます」として話さなければおかしいのです。

南無妙法蓮華経の意味

日蓮宗の流れである創価学会は日蓮の「南無妙法蓮華経(なむみょうほうれんげきょう)」を唱えます。

南無妙法蓮華経とは、「南無」と「妙法蓮華経」、2つの言葉を合わせて1つの意味をなすものです。

「南無」とは「帰依(きえ)」を意味し、「帰依」とは一点の曇りもない信頼、全身全霊を捧げる信頼、絶対的な信頼、100%の信頼。何が起きても動じない、何かが起きなくても揺るがない完全かつ唯一無二の信頼です。

そして「妙法蓮華経」とは、「法華経(ほけきょう)」という経典のことで、法華経のなかでも「鳩摩羅什(くまらじゅう)」という当時の中国にいたお坊さんが漢文に翻訳した法華経を「妙法蓮華経」と呼びます。妙は「正しい」、法は「お釈迦さまの教え」、蓮華は「白い蓮華の花」、経は「お経」という意味です。

ですから、「わたくしは経典(妙法蓮華経)の教えを100%信頼します」というのが南無妙法蓮華経の意味になります。

「100%の信頼」といえば聞こえは良いですが、それを実際にするのは非常に難しく、生半可な気持ちで「南無妙法蓮華経」とは唱えられないと思います。それは様々な自己矛盾が生じるからです。

繰り返しますが、「わたくしは経典(妙法蓮華経)の教えを100%信頼します」が南無妙法蓮華経の意味であり、「南無妙法蓮華経」を唱えるのであれば、経典(妙法蓮華経)の教えを100%信頼した行動をしなければ言動が矛盾するのです。

創価学会に入会すること、お金を寄付すること、聖教新聞を購読すること、選挙でフレンド票を集めること、そういうことは法華経に書かれていません。創価学会の活動を行うということは、妙法蓮華経の教えではなく、創価学会の教えを信頼しているという矛盾が生じるのです。

たとえ創価学会に1%の信頼、妙法蓮華経に99%の信頼で向き合っていたとしても、「南無妙法蓮華経」を唱える資格はありません。「南無」とは「帰依」であり、100%の信頼で向き合わなければ言行が一致しない。つまりウソをついていることになるからです。

私は「南無」「帰依」「100%の信頼」というものを否定はしません。それは素晴らしいことだとも思います。しかし、その対象が約2000年前に成立した法華経、約800年前に法華経のなかでも日蓮が大事にした妙法蓮華経という経典に私は納得できません。

法華経の歴史と日本伝来

なぜ私は、妙法蓮華経という経典に納得できないのか?
それは法華経および妙法蓮華経という経典は信用するに足りないものだと思うからです。

先述の通り、お釈迦さまは直筆の仏教経典を残されていません。お釈迦さまが亡くなられた後、十大弟子を中心に500名とも1500名とも言われる多くの弟子たちが集まり、お釈迦さまの教えを文字にして経典をつくりました。

般若心経(はんにゃしんぎょう)では説法の相手として舎利弗(しゃりほつ)が登場するように、お釈迦さまはマンツーマンで教えを説くことが多く、方便(人を真の教えに導くための仮の手段)を用いて、1人ひとりの知能レベルに合わせて教えを説いたと考えられます。

お釈迦さまの死後、そのような弟子たちが集まって会議したところで、果たしてお釈迦さまの教えを正しく文字にできるでしょうか。私は不可能だと思います。

そして、法華経の成立を考えると、お釈迦さまの教えが正しく伝わっているのか疑問です。

お釈迦さまの生没年は諸説あるのですが、お釈迦さまが亡くなって約500年後に法華経は成立します。つまり、お釈迦さまの死後から500年後の人間が編纂して出来たのが「法華経」です。

想像してみて下さい。500年前というと日本では戦国時代です。

戦国時代の有名人といえば「織田信長」でしょうか。信長の場合、お釈迦さまと違い、信長直筆の文書や信長宛の書状、信長の記録などが残っていて、現代の科学的検証もできますが、それでも信長の性格や思考を完璧に理解することは不可能であり、現代において「織田信長」について研究されている方々でも新説を発見されることは少なくありません。

そのように考えると、お釈迦さまの教えというものは正しく伝わっていないと考えるのが自然ではないでしょうか。

さらに法華経の日本伝来です。

日本伝来にも諸説あるのですが、法華経の成立から約400~500年後、お釈迦さまの死後から約900~1000年後、6世紀半ばごろ日本に法華経が伝わりました。

法華経はインドからシルクロードを経由して中国へ、中国から朝鮮半島や日本に伝わりますが、その途中、サンスクリット語で書かれていた法華経は漢文に翻訳され、なかでも中国のお坊さん「鳩摩羅什(くまらじゅう)」によって漢訳(中国語に翻訳)された法華経が素晴らしいということで「妙法蓮華経」と呼ばれるようになりました。

日本に伝わった法華経は、天台大師(てんだいだいし)や聖徳太子(しょうとくたいし)、伝教大師(でんきょうだいし)によって日本中に広まります。そして日蓮宗の宗祖である日蓮聖人(にちれんしょうにん)から、鳩摩羅什が翻訳した妙法蓮華経が支持され「南無妙法蓮華経」と題目が唱えられるようになりました。

そこで私が疑問に思うのは、鳩摩羅什は法華経を正しく翻訳できたのだろうか?ということです。

鳩摩羅什を中国のお坊さんと言いましたが、もともと鳩摩羅什は亀茲(きじ)国(現在のウイグル自治区)の出身で、言語はトカラ語、文字はトカラ文字を使用し、当時のインド語も中国語も鳩摩羅什にとっては外国語です。

中国語を学び始めた36歳から法華経の翻訳を始める52歳までの16年間で2つの外国語を完璧にマスターしていなければ正しく翻訳することはできません。

現代であれば、インドの連邦公用語であるヒンディー語と中国語の両方を36歳から学び、16年間で2つの外国語を完璧にマスターすることは可能かもしれませんが、それを約1600年前、語学教育や語学学校が乏しい時代にできるものなのか甚だ疑問です。

法華経の歴史と日本伝来を想像すると、私は小学生の頃にやった伝言ゲームを思い出します。伝言ゲームは簡単なお題であっても20~30名ぐらいでやると、最初と最後では全く違う言葉になり、それを楽しむ遊びですが、人づての情報伝達は正確に伝わらないという事がよく分かるゲームです。

法華経の場合、お釈迦さまが亡くなって約2600年間、様々な国や年代、様々な言語や文字、様々な理解や解釈があった上で、延べ数千億人(もっと?)の仏教徒が法華経に関わっている事を考えると、現代に伝わっている教えは、お釈迦さまでもなく日蓮でもない、全く異なる教えが伝わっている可能性が高いと私は思います。

そのようにして現代に伝わった法華経および妙法蓮華経という経典を100%信頼しなさいと言われたら、「信用も信頼もできません」と答えるのが正常な判断だと思います。

信教の自由によって奪われる個人の自由

我が国には日本国憲法第20条、「信教の自由」と「政教分離の原則」があります。

  1. 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
  2. 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
  3. 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

信教の自由は「どんな宗教を信仰しても良いですよ」という信仰の自由が保障されているもので、政教分離の原則は「国は宗教に関わりませんよ」という意味です。

政教分離の原則は、国家権力をもってしても宗教に関与できないということですから、例えば、宗教法人の非課税制度を利用してマネーロンダリング(資金洗浄)等に悪用している宗教法人があったとしても、そこに国が介入できないのは大問題だと思いますが、それはまた別の話で、ここでは信教の自由についてお話します。

「どんな宗教を信仰しても良いですよ」と言われると、個人の自由が尊重されていると思いがちですが、本当にそうでしょうか?

私を創価学会に勧誘してきた学会員さんたちは、自分が二世であったり、自分の子どもを二世に、孫を三世にしている方々ばかりでした。物心ついた時から創価学会だったという方も少なくないでしょう。

自分のことしか考えられない親や、子どもを自分の所有物だと勘違いしている親というのは、子どもの「自分の意思で選択する自由」を奪っている事に気づかないことがあります。

そして、二世や三世の人たちは自分の意思で創価学会を選択したと思い込んでいる可能性があります。

例えば、プロ野球です。

私は福岡ソフトバンクホークスのファンというか、なんとなくホークスを応援しています。なぜ、ホークスを応援しているかというと、私は生まれも育ちも福岡だからです。

子どもの頃から地元球団としてホークスが身近にあって、福岡のテレビ局では野球中継やホークスの特集なども毎日やっていますし、福岡県民との会話ではホークスの話題も多く、ヤフオクドームも近い、優勝パレードや優勝セールもある。そのような環境下で育ったので、何も疑うことなく、気がついた時にはホークスを応援している人になっていたわけです。

福岡と広島は距離的に近く、博多駅(福岡)から広島駅まで新幹線で1時間ちょっとです。

もし私が福岡ではなく、広島で生まれ育っていたとしたら、私は間違いなく広島東洋カープを応援している人になっていたことでしょう。

つまり何が言いたいかというと、人間は自分の意思で選択しているつもりでも、無意識のうちに限られた選択肢の中から選ばされている可能性があるということです。

まあ、応援している球団ぐらいなら問題ありませんが、人生観を大きく左右するような宗教に関しては、個人の自由が尊重されるべきであり、自分が入会しているから子どもを入会させるとか、親が入会しているから自分も入会するというのは如何なものかと思います。

世界平和と宗教対立

創価学会は「世界平和」を目指しているようで、それは素晴らしいことだと思います。

しかし、「世界平和」は創価学会の専売特許ではありません。無宗教の私を含め、世界中の人々が「戦争はしたくない」、「平和な世の中がいい」と世界平和を願っています。軍需産業や政治的利益を得られる者を除いては。

そもそも宗教というのは排他的な思想が生まれてしまうものです。

特定の宗教を信仰している人は、「この宗教の教えは正しくて素晴らしい」という想いが少なからずあるでしょう。そうでなければ信仰しませんからね。

「この宗教の教えは正しくて素晴らしい」は、逆の言い方をすれば、「他の宗教は正しくない、他の宗教は素晴らしくない」ということであり、そのような排他的思想が宗教上の争いを招いてしまうのです。

次のような家族構成が可能か分かりませんけど、例えばです。

例えば、父親がキリスト教(カトリック)、母親がキリスト教(プロテスタント)、長男がイスラム教(シーア派)、長女がイスラム教(スンニ派)、次男がヒンドゥー教、次女が創価学会。そのように信仰している宗教や宗派がバラバラな家族が円満な家庭を築くことはできるでしょうか?私は不可能だと思います。

ですから、同じ宗教(同じ宗派)の男女で結婚したほうが良いとか、子どもの「自分の意思で選択する自由」を奪ってでも、親と同じ宗教を子ども達にも信仰させる必要性があるわけです。

善悪は別として、「自分の家族」という小さなコミュニティであれば、宗教を統一することで共通の思想や価値観を共有しやすくなるでしょう。

しかし、創価学会が謳っているのは「世界平和」です。「世界平和」と口で言うのは容易いことですが、様々な国と地域の歴史、人種や民族に伴う文化や価値観の違い、政治的な利害や思惑が複雑に絡み合っているからこそ、世界平和の実現は難しく、今日いま現在も世界各地で武力紛争が起こっているわけです。

進行中の武力紛争のリスト

これは世界平和を願っている一個人としての私の持論ですが、歴史的観点からしても宗教が多様化するほど宗教対立による紛争が発生するのであって、極論すれば世界中の宗教が無くなると、宗教対立が引き金となる紛争が無くなる分、世界平和へ一歩近づくでしょう。まあ不可能だと思いますが。

神社の鳥居をくぐってはいけない!?

創価学会は「神社の鳥居をくぐってはいけない」という決まりがある、もしくは過去にあったようです。

「鳥居をくぐってはいけない」、「いや、鳥居はいいけどお辞儀をしてはいけない」、「いやいや、鳥居やお辞儀はいいけど神社で祈願してはいけない」など、学会員さんによって言うことがバラバラなので、私もよく分からないのですが、少なくとも創価学会は、「神道」という日本人の民族的かつ伝統的な信仰にさえ厳格であるようです。

鳥居をくぐることを避け、鳥居の横から境内を出入りする人を今でもたまに見かけます。「きっと創価学会なんだろうな」と思いつつ、神社に対して敬意を表さない人を見かけると日本人として悲しい気持ちになります。

「神道」について学ぶ機会が少ない今の日本の教育にも問題があると思いますが、日本国内で約85,000の神社が登録され、初詣にお宮参りや七五三参りなど、日本人の約9割(約1億600万人)が神道に関わっているわけですから、日本人である以上、参詣(神社にお参り)するときは敬意を払うようにしたいものです。

日本神話を簡単に説明すると、アメノミナカヌシノカミ(天之御中主神)から始まり、イザナギノミコト(伊耶那岐命)やイザナミノミコト(伊耶那美命)、イザナギの子どもアマテラスオオミカミ(天照大御神)、そしてアマテラスの孫の孫の子が神武天皇とされています。

かなり端折ってますが、天皇家というのは神武天皇から始まり、世界で唯一男系の直系子孫で続いている万世一系の王朝。つまり神様の血統を脈々と受け継いできた天皇陛下は神様に最も近い存在ということになります。

そして私たち日本人は、そのような世界史上類を見ない奇跡的な国「日本」に生まれた国民なのです。

もちろん日本神話といっても、参考にできるのは日本の歴史書「日本書紀」や天皇家の歴史書「古事記」ぐらいなので、どこまでが真実なのか分かりませんが、真実よりも、私たち日本人の祖先は神道を長らく信仰してきた民族であり、日本人にとって神道は伝統的な民族宗教という事実のほうが大切なのです。

私たち日本国民の幸福と世界平和を日々祈っておられる天皇陛下をはじめ、私たちのお爺さんお婆さん、そのまたお爺さんお婆さん、そのまた…と、私たち日本人のご先祖さま達は、現代に至るまで何世代にもわたり神道を大切にしてこられました。

ですから、いかなる大義名分があったとしても、新興宗教が口出せる領域ではないのです。

神道の祭祀が行われる神社。そのような神聖な神社の鳥居をくぐらないとか、お辞儀をしない、感謝の意を表さないというのは、天皇陛下や私たちのご先祖さまを愚弄(ぐろう)しているに等しく、日本の神々を冒瀆(ぼうとく)している行為に他なりません。

私の認識が正しければ、日蓮は神道を否定しなかったはずです。「神社の鳥居をくぐってはいけない」というのは日蓮の教えではなく、池田大作さんによって作られた創価学会独自の規律ではないでしょうか。

創価学会の名誉会長である池田大作さんには「在日朝鮮人2世の帰化人」という噂があります。噂なので真実は分かりませんし、日本国憲法第20条「信教の自由」がある以上、池田大作さんが日本人でも帰化人でも法律上は問題ありません。ただ私は日本人として、「神道」という日本人の民族的かつ伝統的な信仰を軽んずる創価学会に納得できないわけです。

この世で幸せになる宗教!?

うろ覚えなのですが、私を勧誘してきた学会員さんから次のように言われたことがあります。

「他の宗教は亡くなってからあの世で幸せになろうとする宗教ですが、創価学会はこの世で幸せになろうとする宗教なんですよ。」

そういうことを言われたので、「そうなんですか。それなら貴方も余命宣告を受けたり、死期が近づいた時には創価学会を辞めて、あの世で幸せになる宗教に改宗したほうがよろしいでしょう。創価学会のまま他界するとあの世が心配でしょうから。」という屁理屈を言ってみました。

すると、その学会員さんは「そ、そうかもしれませんね…」と少し困ったような表情を浮かべて悩まれていましたが、そのような言葉一つで動揺するぐらいの安っぽい覚悟や信念で他人を誘うという行為は、「自分さえ良ければいい」という考えの表れなのです。

創価学会には「功徳」や「福運」といって、折伏(勧誘)して他人を創価学会に入信させることで「福運を積む」という考え方があるようです。端的に言うと、「他人を勧誘すると自分の利益になる」という考え方です。

そのような考え方は創価学会だけではありません。

例えば、ネズミ講やネットワークビジネスというのは、自分が勧誘した会員の売り上げの数%が自分の懐に入る仕組みですから、その商品やサービスが相手の為になるかどうかではなく、自分の紹介で入会してくれるかどうかが重要なのです。それは「他人を勧誘すると自分の利益になる」という考えがあるからで、そういう人は相手の立場に立って物事を考えることができません。つまり「自分さえ良ければいい」わけです。

「創価学会では学会員同士のお金のやり取りは禁止されています。」と学会員さんから言われましたが、私はお金が発生するから云々という低次元な話をしているのではなく、「自分さえ良ければいい」という考えで行動すると、その貪欲さから、猜疑心(さいぎしん)や傲慢な態度が生まれ、結果的に自分が苦しい思いをすると言いたいのです。

仏教の六道でいうところの「餓鬼」か「畜生」のようなものです。

これは創価学会に限ったことではありませんが、人は「自分さえ良ければいい」という考えが優先されると、自分の欲を制御することが難しくなり、何事においても「まだ!まだまだ足りない!」、「もっと!もっともっと欲しい!」と強欲な人間になってしまいます。

希望するものが手に入った時は喜び、手に入らない時は心配になり、無くした時には落ち込む。一喜一憂する日々、そのような精神状態で生きる毎日が幸せであるはずがないと私は思います。

創価学会には「体験発表」というものがあります。「創価学会に入信して信心したら、こんな幸せな事がありましたよ」と人前で発表するわけです。

「収入が増えました。幸せです。」
「資格を取得できました。幸せです。」
「病気が治りました。幸せです。」
「恋人ができました。幸せです。」

幸せを感じるラインは人それぞれですが、「○○だから幸せ」は、逆の言い方をすると「○○じゃなかったら不幸せ」ということです。

例えば、アルバイトの時給900円が不満で「時給950円に上がらないかなぁ」と思っていたところ、ある日、時給が950円に上がりました。その時は嬉しいはずです。願いが叶ったわけですから幸せを感じるかもしれません。しかし、数日も経つと「時給1,000円に上がらないかなぁ」と新しい欲が出てきて、時給950円を不満に思うようになるでしょう。

1,000円に上がったら1,100円という新しい欲、1,100円に上がったら1,200円という新しい欲。

「時給が上がる」という願いが叶った瞬間は満足感や幸福感を得られるかもしれませんが、時給というのは毎日上がるものではありませんから、不満を感じながら生きている時間のほうが遥かに長くなり、その新しい欲に執着することが悩みや苦しみの原因になってしまうのです。

数字を用いたほうが分かり易いため「お金」をテーマにした例え話をしましたが、お金に限らず、何事においても一時的な幸せを追い求めてもキリがなく、心が満たされることは無いでしょう。

この世で幸せになろうとする創価学会。

私は創価学会ではありませんが、収入が増えたことも資格を取得したこともあり、病気が治ったことも恋人ができたこともあります。創価学会の言う「幸せ」がその程度のものならば、自分にとって創価学会は必要ないので私は創価学会の勧誘を断るのです。

ちょっと休憩!

この記事の最後は、私の宗教観や人生観について書いてまとめる予定でしたが、予想以上に文章が長くなってしまいました。

長文は脳疲労の原因になってしまい、ここまで読んでいただいた貴方に申し訳ないので、続きは次の記事で書きたいと思います。ここまで長文を読んでいただきありがとうございます。

【追記】:この記事の続きは「人生を諦めている私の人生観」です。



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